第8章 コマンドとWiresharkによる確認・障害切り分け
この章の目的
Section titled “この章の目的”基礎編の総仕上げの章です。この章に新しい知識はほとんど登場しません。コマンドもWiresharkも、層の考え方もアドレスも、道具は第1〜7章でそろっています。
この章で扱うのは、その道具を「正しい順番で使う」手順です。
「インターネットにつながりません」— 現場でもっとも多く、もっとも曖昧な申告です。対応の質を分けるのは知識の量ではなく、確認の順番 と 範囲の絞り方 です。章の最後には、ペアで障害を仕込み合って切り分ける実機演習を行います(8-9)。
この章でできるようになること
Section titled “この章でできるようになること”- 5つのコマンドについて「何を確かめる道具か」を言える
- 「下の層から順に確認する」理由と手順を説明できる
- pingを近い順に打って、問題の範囲を絞れる
- 「IPでは開けるのに名前では開けない」事例を自力で切り分けられる
- 「壊れています」ではなく「〜までは正常、〜から先が怪しい」と報告できる
- 仕込まれた障害を、手順に沿って自力で切り分けられる
8-1 「つながりません」と言われたら
Section titled “8-1 「つながりません」と言われたら”隣の席の同僚から「インターネットがつながらない」と相談された場面を考えます。
このとき避けるべきなのが「思いついた場所を手当たりしだいに操作する」ことです。ケーブルを抜き差しし、Wi-Fiを切り替え、再起動する — 直ることもありますが、原因が特定できないまま です。同じトラブルは再発します。
適切な進め方は逆です。確認だけを、決まった順番で進める。すると「どこまでは正常で、どこから先がおかしいか」が明らかになり、疑う範囲が自然に絞られます。
8-2 道具の整理 — 5つのコマンド+Wireshark
Section titled “8-2 道具の整理 — 5つのコマンド+Wireshark”手持ちの道具を整理します。すべて、これまでの章で使ったものです。
| 道具 | 何を確かめる道具か | 学んだ章 |
|---|---|---|
ipconfig | 自分の状態(4点セットが設定されているか) | 第4・7章 |
ping | 相手まで届くか(往復できるか) | 第3・5章 |
arp -a | 同じLANの記録(ARPテーブル。誰と通信できたか) | 第3章 |
tracert | 経路(どのルーターまで進めたか)。外部宛ては止められていることが多く、活躍は実機演習編 | 第5章 |
nslookup | 名前解決(DNSに問い合わせできるか) | 第7章 |
| Wireshark | 実物の確認(パケットそのものの観察) | 第3・5〜7章 |
道具はこれで全部です。あとは使う順番だけです。
8-3 確認は「下の層から」
Section titled “8-3 確認は「下の層から」”第2章のOSI参照モデルで「上の層は、下の層が動いていることの上に成り立つ」と学びました。これが確認の順番の根拠です。
| 順番 | 層 | 確認すること | 確認のしかた |
|---|---|---|---|
| 1 | 第1層(物理) | ケーブルは挿さっているか。ランプは点いているか。Wi-Fiはつながっているか | 目で見る |
| 2 | 第2〜3層(アドレスと配達) | 4点セットが設定されているか。LANの中・出口まで届くか | ipconfig、ping(内部) |
| 3 | 第7層(名前とサービス) | 名前解決できるか。外のサービスまで届くか | nslookup、ブラウザー |
どれだけ高度な設定を調べても、ケーブルが抜けていればすべて無駄になります。「まず目で見る」から始める — これが第一の原則です。
8-4 基本手順 — 「近い順」の4ステップ
Section titled “8-4 基本手順 — 「近い順」の4ステップ”第1層の目視が済んだら、コマンドで確認します。基本手順は4ステップです。自分 → 出口 → 名前 → 外のサービス と、近い順に確かめます。
| 手順 | やること(例) | OKなら分かること |
|---|---|---|
| ① 自分を確認 | ipconfig | 4点セット(アドレス・マスク・ゲートウェイ・DNS)が設定されている |
| ② 出口まで確認 | ping 192.168.1.1(自分のGW) | 自分〜LANの中〜出口までは正常 |
| ③ 名前を確認 | nslookup www.example.com | DNSに問い合わせができ、回答が返っている |
| ④ 外のサービスを確認 | ブラウザーで外部サイトを開く | 実際に外のWebサーバーと通信できている |
要点は 近い順 であることです。どの段でNGになったかによって、疑う範囲が決まります。
この研修の環境では、外部への
tracertは途中までしか表示されません多くの会社や施設は、セキュリティのために 外部へのtracertを止めています。この研修の環境でも同様で、外部宛ての
tracertは途中から*ばかりになります。いっぽうping(たとえば 8.8.8.8)には応答が返ります — 外部への到達確認にはpingが使えます。ここに重要な学びがあります。「
tracertが*ばかり=通信できない」ではありません。 途中のルーターが応答しない設定になっているだけで、両端の通信は成立しています。実際、ping 8.8.8.8は応答を返し、nslookupも回答し、ブラウザーも外部サイトを開けます。tracertで経路が1段ずつ表示される様子は、実機演習編 で自分たちがルーターとVPNの経路を作ったときに確認できます。
名前の問題か、到達の問題かを分けるには
「DNSがおかしいのか、外部への到達そのものがダメなのか」を切り分けるには、名前を使わずに 外部へ届くかを確認します。手軽なのは
ping 8.8.8.8(IPアドレス宛て)で、応答が返れば「外部への配達路は正常=残るは名前解決だけの問題」と分けられます。ブラウザーのアドレス欄にIPアドレスを直接入力する方法もあります。※ブラウザーでのIP直接入力は、一般のWebサイトではサーバー側の仕組み(名前を前提とした設定)で 開かないことがあります。開かない=外部に届かない、とは判断できないため、その場合は講師に確認してください。
8-5 事例① — IPでは開けるのに、名前では開けない
Section titled “8-5 事例① — IPでは開けるのに、名前では開けない”切り分けの効果がよく分かる代表的な事例です。
症状: WebページをIPアドレス直接入力(http://198.51.100.80 のような形)なら表示できるのに、www.〜 の名前では表示できない。
手順を当てはめます。
- ①
ipconfig→ 4点セットあり。OK - ② 出口へping → 応答あり。OK
- ③
nslookup→ エラー。名前解決に失敗 - ④ ブラウザーでIP直接入力 → 開く。名前では開けない
図8-1 配達路(IP直接)は届くのに名前解決(DNS)だけが失敗 — 疑う範囲は「DNSまわり」だけに絞れる
配達の仕組み(第1〜3層)はすべて正常で、失敗しているのは名前解決(第7層のDNS)だけです。原因の候補は「PCに設定されたDNSサーバーのアドレスが誤っている」「DNSサーバー自体の不調」に絞れました。
第7章の問題5で考えた内容が、実行可能な手順になりました。この事例は8-9の演習で実際に再現します。
8-6 事例② — 社内はすべて見えるのに、インターネットだけ全滅
Section titled “8-6 事例② — 社内はすべて見えるのに、インターネットだけ全滅”症状: 共有フォルダーも社内システムも使えるのに、外部のWebサイトだけすべて見られない。
- ①
ipconfig→ 4点セットあり。OK - ② 出口へping → 応答あり。OK(社内の共有フォルダーや社内システムも使える)
- ③
nslookup→ 失敗。ブラウザーで外部サイトは名前でも IPアドレス宛てでも開かない
社内(LANの中)は正常なのに、外部だけが名前でもIPでも届きません。疑うのは 出口(ルーター)から先 — ルーターの不調、回線の障害、ISP側の問題などに絞れます。ここから先は自分のPCの操作では直せない領域なので、「出口から先が疑わしい」という切り分け結果を添えて、管理者や回線業者へ引き継ぐのが正解です。
どこで止まったかが、そのまま「疑う範囲」になる — 手順の価値が見える事例です。
8-7 Wireshark総合観察 — 学んだプロトコルを1画面で
Section titled “8-7 Wireshark総合観察 — 学んだプロトコルを1画面で”章ごとに観察してきたパケットを、一度のキャプチャでまとめて 確認します。
- 表示フィルターに次を入力して、キャプチャを開始する
arp or icmp or dns- コマンド プロンプトで、次を順に実行する(宛先は講師の指定に従ってください)
ping 192.168.1.1nslookup www.example.com- 停止して、画面を上から確認する
基礎編で構造を学んだプロトコルが並びます。
| 表示されるパケット | 内容 | 学んだ章 |
|---|---|---|
Who has 〜? / 〜 is at 〜 | ARPの要求と応答 | 第3章 |
Echo (ping) request / reply | pingの往復 | 第3・5章 |
Standard query / response | DNSの質問と回答 | 第7章 |
それぞれのパケットの詳細ペインでは、図3-2(フレーム)・図4-3(IPヘッダ)のフィールドが確認できます。構造を学んでから見る画面は、単なる文字列の羅列ではなく「誰が・誰に・何を要求しているか」の記録として読めるはずです。
ARPが表示されない場合は、ARPキャッシュに記録が残っているためです(第3章)。異常ではありません。
8-8 報告の型 — 断定せず、範囲で伝える
Section titled “8-8 報告の型 — 断定せず、範囲で伝える”切り分けの最後は「伝える」です。同じ調査結果でも、伝え方で価値が変わります。
避けたい報告:
「ネットワークが壊れてます。直してください」
良い報告:
「自分のアドレスは取得できていて、出口(192.168.1.1)へのpingも通ります。ブラウザーでIP直接入力なら外部サイトも開きますが、
nslookupでの名前解決だけが失敗します。DNSまわりが怪しいと思います」
良い報告の型は、「〜までは正常。〜から先がNG。だから疑うのは〜」 です。
- 断定していない(「DNSが壊れた」ではなく「DNSまわりが怪しい」)
- 確認済みの範囲が明記されている(受け取った人が同じ確認を繰り返さずに済む)
この型は8-9の演習で実際に使います。
8-9 実機演習 — 障害を仕込んで切り分ける
Section titled “8-9 実機演習 — 障害を仕込んで切り分ける”仕上げに、切り分けの手順を実戦形式で練習します。2人1組で、相手のPCに障害を仕込み、切り分け役が手順で特定して報告する 演習です。
進め方
- 切り分け役は画面から目を離します(または席を外します)
- 仕込み役は、講師の案内に従い、下の表のいずれか1つを相手のPCに仕込みます
- 切り分け役は、8-3(目視)→8-4(4ステップ)の手順で確認を進め、どの段でNGになったか を特定します
- 8-8の報告の型 で仕込み役に報告します(「〜までは正常。〜から先がNG。疑うのは〜」)
- 2人で答え合わせをして復旧し、役割を交代します
仕込む障害(いずれか1つ)
| 障害 | 復旧方法 |
|---|---|
| LANケーブルを抜く(または半挿しにする) | 挿し直す |
| DNSサーバーを手動で誤った値(192.0.2.53)に変更する | 「自動(DHCP)」に戻す |
| IPアドレスを固定で別ネットワークの値(192.168.99.99/24)に変更する | 「自動(DHCP)」に戻す |
- DNSサーバーの変更は、IP設定の画面の「DNSサーバーの割り当て」を「手動」にして入力します。192.0.2.53 は文書・演習用に予約されたアドレスで、実在のサーバーには影響しません
- どの障害がどの段で検出されるかは、あえてここに書きません。演習後に、手順のどこで見つかったかを振り返ってください
この演習の狙いは、障害の内容を当てることではなく、手順どおりに確認して範囲を絞り、型どおりに報告する ことです。「いきなり直しにいかない。確認の結果を持ってから動く」— 実務でそのまま使える動き方です。
会場のネットワーク環境によって、④(外部サイト)の結果が変わることがあります。演習の実施範囲は講師の案内に従ってください。
実務で大切なポイント
Section titled “実務で大切なポイント”- いきなり再起動しない — 再起動は有効な回復手段ですが、状態という「証拠」が消えます。まず①〜④の確認結果を記録してから。原因不明のままの回復は、再発の予約と同じです。
- 「最近、何か変えましたか?」は有効な質問 — トラブルの多くは、直前の変更(設定変更・機器の追加・移設)の直後に起きます。時系列を確認するだけで、範囲が一気に絞れることがあります。
- 1回の結果で断定しない — pingは数回打つ、別の相手でも試す。「たまたま」を排除してから結論を出すのが確認の作法です。
もう一歩深く
Section titled “もう一歩深く”初めての方は読み飛ばして構いません。興味のある方向けの補足です。
自分自身にpingする — 127.0.0.1
Section titled “自分自身にpingする — 127.0.0.1”ping 127.0.0.1 という特別な宛先があります。「自分自身」を指す予約アドレス(ループバックアドレス)で、ケーブルを1本も通らずに、自分のPCのネットワーク機能だけを確認できます。手順①の前の「第0歩」として使われることがあります。
キャプチャは保存して共有できる
Section titled “キャプチャは保存して共有できる”Wiresharkのキャプチャ結果はファイル(pcap形式)に保存できます。「そのときのパケットそのもの」を証拠として担当者に渡せるため、実務のエスカレーション(引き継ぎ)で有効です。
「いつから? 毎回?」— 再現性の記録
Section titled “「いつから? 毎回?」— 再現性の記録”「いつから起きているか」「毎回か、ときどきか」「特定の操作のときだけか」。この3点を記録するだけで、原因調査の質が大きく変わります。症状の観察も切り分けの技術のうちです。
よくある誤解
Section titled “よくある誤解”| 誤解 | 実際 |
|---|---|
| 再起動で直ったなら、それでよい | 原因不明のままでは再発します。回復の前に「どこまで正常だったか」を記録しておくと、次に活きます。 |
| pingが通れば、すべて正常 | pingで分かるのは第3層(配達)までです。特定のサービスやポートだけの問題は、pingでは見えません(第6章)。 |
| ツールをたくさん知っている人が強い | この章の道具は6つだけです。差がつくのは道具の数ではなく 順番と絞り方 です。 |
| 応答がない機器は故障している | 意図的にpingへ応答しない設定の機器もあります(第5・6章)。「応答なし」は手がかりの1つで、結論ではありません。 |
| Wiresharkは上級者専用 | arp、icmp、dns の3つのフィルターだけで、この章の切り分けには十分対応できます。 |
- 道具は6つ:
ipconfig・ping・arp -a・tracert・nslookup・Wireshark - 確認は 下の層から: まず目で見る(第1層)→ コマンド(第2〜3層)→ 名前とサービス(第7層)
- 基本手順は 近い順の4ステップ: ①自分 → ②出口 → ③名前 → ④外のサービス
- どの段でNGになったかが、そのまま疑う範囲 になる
- 「IPで開けるのに名前でダメ」→ DNSまわり。「社内OK・外だけ全滅」→ 出口から先
- 報告の型は「〜までは正常。〜から先がNG。だから疑うのは〜」
- 断定しない。範囲を絞る。証拠(状態)を消さない
これで基礎編の内容はすべて終わりです。実機演習編では、本物のルーターとスイッチでネットワークを「作る側」に回ります。
問題を解いてから、「解答と解説」で答え合わせをしてください。
問題1(知識)
Section titled “問題1(知識)”「自分のPCがDHCPから4点セットを受け取れているか」を確かめたいとき、最初に使うコマンドはどれですか。
問題2(知識)
Section titled “問題2(知識)”トラブルの確認を「下の層(物理層)から」始めるのはなぜですか。第2章のOSI参照モデルの考え方を使って説明してください。
問題3(状況判断)
Section titled “問題3(状況判断)”4ステップ手順を実行した結果が次のとおりでした。疑うべき範囲はどこですか。
- ①
ipconfig→ 4点セットあり - ② 出口へping → 応答あり
- ③ ブラウザーでIP直接入力 → 外部サイトが開く
- ④
nslookup→ エラー
問題4(実操作)
Section titled “問題4(実操作)”自分のPCで4ステップ手順(①ipconfig → ②出口へping → ③nslookup www.example.com → ④ブラウザーで外部サイトを開く)を実行し、結果を「〜までは正常」の型で1〜2文の報告文にまとめてください。
問題5(状況判断)
Section titled “問題5(状況判断)”同僚からの報告が「ネットワークが壊れてます」だけでした。切り分けを進めるために、あなたなら 何を質問・確認 しますか。3つ挙げてください。
問題1の解答を表示する
解答: ipconfig
まず自分の状態から確認します。IPv4アドレス・サブネットマスク・デフォルトゲートウェイ(必要なら /all でDNSサーバーも)がそろっているかを見ます。ここが空であれば、DHCP(第7章)の段階から疑います。
問題2の解答を表示する
解答例: 上の層の仕組みは、下の層が動いていることの上に成り立っているから。第1層(ケーブルや電波)が切れていれば、その上のアドレスも名前解決も動かないので、下から確認しないと無駄な調査になる。
「ケーブルが抜けていたら、設定をいくら調べても無駄」という具体例が添えられていれば十分です。
問題3の解答を表示する
解答: DNSまわり(名前解決だけが失敗している)。
①〜③が正常なので、アドレス・LANの中・出口・外部への配達はすべて問題ありません。8-5の事例そのもので、候補は「PCのDNSサーバー設定」「DNSサーバー自体の不調」などに絞れます。8-9の演習で仕込んだ側なら、原因の見当もつくはずです。
問題4の解答を表示する
報告文の例: 「自分のアドレスは取得できており、出口(192.168.1.1)へのpingは正常。nslookup で名前も引け、ブラウザーで外部サイトも開いたので、ネットワーク側は問題なさそうです」
すべてOKだった場合も、「どこまで確認して正常だったか」を書くのが良い報告です。途中でNGが出た場合は「②までは正常、③で応答なし。出口から先が疑わしい」のように、NGの段と疑う範囲をセットで書きます。
問題5の解答を表示する
解答例(3つ):
- 「いつから起きていますか? 直前に何か変えましたか?」(時系列と変更の確認)
- 「毎回ですか? 特定のサイトや操作のときだけですか?」(再現性と範囲の確認)
- 「ケーブルやWi-Fiの接続、
ipconfigの結果はどうですか?」(第1層と自分の状態の確認)
「何が・いつから・どこまで」を埋める質問ができていれば、どの組み合わせでも正解です。曖昧な申告を、切り分け可能な情報に変えることも技術のうちです。
- 第2章 通信の仕組みとOSI参照モデル — 「下の層から確認」の根拠です
- 第3章〜第7章 — この章の道具はすべて各章で構造から学んだものです。手順の途中で迷ったら、各章に戻ってください
- 実機演習編 第7章(総合演習と障害切り分け) — 実機演習編の最後に、この章の手順を実機のネットワークのトラブルで総動員します