第2章 通信の仕組みとOSI参照モデル
この章の目的
Section titled “この章の目的”第1章で、ネットワークの全体像と機器の顔ぶれを押さえました。この章では、その機器たちが「どんな決まりごとにしたがって」通信しているのかを学びます。
- プロトコル — 通信の約束事
- パケット — データを小分けして送る仕組み
- カプセル化 — 役割ごとのヘッダを重ねる仕組み
- OSI参照モデル(OSI: Open Systems Interconnection) — 通信の役割を7つの層に整理したモデル
OSI参照モデルは、この研修全体で「いまどの層の話をしているか」を指すために使います。暗記は不要です。整理のための道具として、見方が分かれば十分です。
この章でできるようになること
Section titled “この章でできるようになること”- 「プロトコル」が何かを説明できる
- データが小分け(パケット)で送られる理由を説明できる
- 「カプセル化」を、ヘッダを重ねる仕組みとして説明できる
- OSI参照モデルが「暗記するもの」ではなく「通信を整理するモデル」であることを理解する
- スイッチ・ルーターなどの機器が、どの層で働くかを言える
- 自分のPCの「第1層」を目視で確認できる
2-1 メーカーが違うのに、なぜ通信できるのか
Section titled “2-1 メーカーが違うのに、なぜ通信できるのか”あなたのスマートフォンと、隣の人のスマートフォンは、メーカーが違うかもしれません。会社のPCもプリンターも、それぞれ別の会社の製品です。Webサイトを動かしているサーバーは、海外製かもしれません。
製造元も内部のソフトウェアもばらばらなのに、当たり前のように通信できています。
理由は、「この決まりにしたがって通信する」という世界共通の約束事 があるからです。日本人とフランス語話者が「英語で話す」と決めれば会話できるのと同じで、共通の決まりに従うことで、異なる機器同士が通信できます。
この約束事を プロトコル と呼びます。
2-2 プロトコル — 通信の約束事
Section titled “2-2 プロトコル — 通信の約束事”プロトコルは「決まった順番で、決まった形式のやり取りをする」というルールの集まりです。
身近な例では、電話の会話にも暗黙のプロトコルがあります(この例えは導入だけに使います)。
- かけた側:「もしもし」
- 出た側:「はい、○○です」
- かけた側: 名乗ってから用件を話す
この順番と形式を双方が守るから、会話が成立します。ネットワークのプロトコルも同じ発想です。
重要なのは、1つの巨大なルールがあるのではなく、役割ごとに多数のプロトコルが分担している ことです。
- Webページの取り寄せ方の約束(HTTP)
- 宛先の指定方法の約束(IP)
- 相手が受け取れたかを確かめる約束(TCP)
名前は今の時点で覚える必要はありません。この研修では、必要になった章で1つずつ登場します。
2-3 データは小分けにして送る — パケット
Section titled “2-3 データは小分けにして送る — パケット”ネットワークでデータを送るとき、写真1枚、メール1通をそのままの大きさでは送りません。小さく分割して送ります。この分割した単位を パケット と呼びます。
図2-1 データは小分け(パケット)にして送る
分割して送る理由は2つあります。
- 回線を独占しないため — 大きなデータを一度に流すと、その間、他の通信が待たされます。小分けなら、複数の通信のパケットが交互に流れられます
- 失敗に強くするため — 途中で1つのパケットが壊れたり届かなかったりしても、その1つだけ送り直せば済みます
2-4 カプセル化 — 役割ごとのヘッダを重ねる
Section titled “2-4 カプセル化 — 役割ごとのヘッダを重ねる”分割したデータには、届けるための情報が必要です。データ本体に「送り届けるための付加情報(ヘッダ)」を付けることを カプセル化 と呼びます。
重要な特徴は、ヘッダが1種類ではなく、役割の違うヘッダを何層も重ねる ことです。手紙を封筒に入れ、さらに配達用の封筒に重ねて入れていく構造に相当します(この例えは導入だけに使います)。
図2-2 カプセル化 — 役割の違うヘッダを重ねていく
それぞれのヘッダに何が書かれているかは、第3章(イーサネットヘッダ)・第4章(IPヘッダ)・第6章(TCPヘッダ)で、構造図つきで1つずつ学びます。この章では次の2点を押さえてください。
- データは、役割ごとのヘッダを重ねて 送られる(カプセル化)
- 受け取った側は、外側のヘッダから順に外して データを取り出す
2-5 OSI参照モデル — 通信の役割を7つの層に整理する
Section titled “2-5 OSI参照モデル — 通信の役割を7つの層に整理する”「プロトコルが多数ある」「ヘッダが何層も重なる」— 多数あるものには、整理のためのモデルが必要です。それが OSI参照モデル で、通信の仕事を役割ごとに 7つの層 に分けて整理しています。
| 層 | 名前 | 役割 | この研修では |
|---|---|---|---|
| 第7層 | アプリケーション層 | 人間が使うサービスそのもの(Web、メールなど) | 第7章 |
| 第6層 | プレゼンテーション層 | データの表現形式をそろえる | 軽く触れる程度 |
| 第5層 | セッション層 | 会話の開始と終了を管理する | 軽く触れる程度 |
| 第4層 | トランスポート層 | 確実に届けるための制御 | 第6章 |
| 第3層 | ネットワーク層 | ネットワークをまたぐ配達(アドレス) | 第4・5章 |
| 第2層 | データリンク層 | 同じLANの中の配達 | 第3章 |
| 第1層 | 物理層 | ケーブル・電波・電気信号そのもの | この章の2-7・実機演習編 |
見方のポイントは2つです。
- 上の層ほど人間に近く、下の層ほど機械・ケーブルに近い
- 送る側では、データが上の層から下の層へ降りながらヘッダを重ねられ(カプセル化)、受け取る側では、下の層から上の層へ上がりながら外されていく
暗記しなくてよい理由
OSI参照モデルは試験のための表ではなく、話を整理するためのモデル です。この先の章で「いまどの層の話をしているか」を指させれば、それで役割を果たしています。7つの名前をそらで言える必要はありません。実際、第5層と第6層は現場の会話でもほとんど登場しません。
2-6 TCP/IPモデルと、研修のロードマップ
Section titled “2-6 TCP/IPモデルと、研修のロードマップ”実務では、OSIの7層を実用的に4層にまとめた TCP/IPモデル という整理もよく使われます。
| TCP/IPモデル | OSIでいうと | 役割 |
|---|---|---|
| アプリケーション層 | 第7〜5層 | サービスそのもの |
| トランスポート層 | 第4層 | 確実に届ける制御 |
| インターネット層 | 第3層 | ネットワークをまたぐ配達 |
| ネットワークインターフェイス層 | 第2〜1層 | LANの中の配達と信号 |
OSIは細かい分類、TCP/IPは実用重視の分類で、どちらも同じ通信の仕組みを表しています。
これに機器とこの研修の章を重ねると、研修全体のロードマップ ができます。
| 層(OSI) | 役割 | 代表的な機器 | 代表的なプロトコル | 学ぶ章 |
|---|---|---|---|---|
| 第7〜5層 | サービスそのもの | サーバー | HTTP(Web)、DNS(名前解決) | 第7章 |
| 第4層 | 確実に届ける | ― | TCP、UDP | 第6章 |
| 第3層 | ネットワークをまたぐ配達 | ルーター | IP、ICMP(ping) | 第4・5章 |
| 第2層 | LANの中の配達 | スイッチ | Ethernet、ARP | 第3章 |
| 第1層 | 信号を運ぶ | LANケーブル、電波 | ― | 2-7・実機演習 |
第1章で「スイッチとルーターは役割が違う」と学びました。その違いの正体は、働く層が違う ことです。
- スイッチ = 第2層で働く機器(LANの中の配達)
- ルーター = 第3層で働く機器(ネットワークをまたぐ配達)
この表は、この先すべての章の位置づけを示しています。迷ったらここへ戻ってください。
2-7 実機観察 — 自分のPCの「第1層」を見る
Section titled “2-7 実機観察 — 自分のPCの「第1層」を見る”表のいちばん下、第1層(物理層)は、目で見て確認できる唯一の層です。いま使っているPCで確認します。
- 自分のPCのLANケーブルの 差し込み口(ポート)とケーブル を目視してください。この物理的な接続が第1層です
- ポートの近くの 小さなランプ(リンクランプ) を確認してください。点灯していれば、信号のやり取りができる状態です(第1章の1-7で見たランプと同じものです)
- (講師の案内があるときのみ)LANケーブルを一度抜いて、画面右下のネットワークアイコンの表示が変わることを確認し、すぐに挿し直してください。第1層が切れると、その上のすべての層が使えなくなる ことの確認です
無線(Wi-Fi)接続のPCでは、ケーブルの代わりに電波が第1層です。この場合はWi-Fiの接続状態表示が確認対象になります。
「まず第1層を目で見る」は、第8章で学ぶ障害切り分けの最初の手順でもあります。
Wiresharkの位置づけ(予告)
Section titled “Wiresharkの位置づけ(予告)”第3章から、Wireshark というソフトウェアを使います。PCを流れるパケットを記録して表示する道具です。
使い方の方針を先に示しておきます。Wiresharkは仕組みを理解するための道具ではなく、各章で構造図として学んだ内容を、実物のパケットで確認するための道具 として使います。パケットを1つ選ぶと、詳細画面には この章で学んだヘッダの重なりが、層ごとに1行ずつ 表示されます。カプセル化(図2-2)が実物として見える画面です。
実務で大切なポイント
Section titled “実務で大切なポイント”- 「どの層の問題か」で切り分ける — 「ケーブルが抜けている」は第1層、「LANの中の配達がおかしい」は第2層、「別のネットワークに届かない」は第3層の問題です。層を意識すると、確認する場所を順番に絞れます(第8章で実践します)。
- 下の層から確認するのが原則 — 上の層は、下の層が動いていることの上に成り立っています。アプリの設定を調べる前に、まずケーブルとランプ(第1層)から確認します。
- 現場では「レイヤー」という言葉で通じ合う — 「それはレイヤー2の問題ですね」のような会話が、エンジニアの共通語として実際に使われています。層の感覚は、そのまま現場の会話力になります。
もう一歩深く
Section titled “もう一歩深く”初めての方は読み飛ばして構いません。興味のある方向けの補足です。
OSIとTCP/IP、2つある理由
Section titled “OSIとTCP/IP、2つある理由”OSI参照モデルは、国際規格として「これからの通信はこの7層で作ろう」と設計されたものです。ところが、実際に世界へ普及したのは、先に実用化が進んでいたTCP/IPの仕組みでした。その結果、「実装はTCP/IP、説明・整理にはOSIの7層」という使い分けが定着しました。OSIは製品としては主流になりませんでしたが、整理のモデルとしては今も現役です。
第5層・第6層があまり話題にならない理由
Section titled “第5層・第6層があまり話題にならない理由”セッション層(第5層)とプレゼンテーション層(第6層)の機能は、実際のソフトウェアではアプリケーション(第7層)の中に組み込まれて実装されることが多いためです。役割として存在はしますが、独立した層として意識する場面は多くありません。だからこそ「7つ全部の暗記」に価値はなく、第1〜4層と第7層の理解が重要になります。
よくある誤解
Section titled “よくある誤解”| 誤解 | 実際 |
|---|---|
| OSI参照モデルは暗記しないといけない | 暗記ではなく「話を整理するモデル」です。どの層の話かを指させれば十分です。 |
| プロトコルとは難しいプログラムのこと | プロトコルは「約束事」です。プログラムはその約束事に従って動く側です。 |
| データの分割は、異常時だけの特別な動作 | 分割は通常の動作です。ふだんの通信も、すべてパケットの形で流れています。 |
| ヘッダを何層も重ねるのは無駄が多い | 役割分担のためです。各層は自分のヘッダの分だけ処理すればよく、全体として仕組みがシンプルになります。 |
- 通信が成り立つのは、世界共通の約束事 = プロトコル があるから
- プロトコルは1つではなく、役割ごとに分担 している
- データは パケット に小分けして送る(回線を独占しない・失敗に強い)
- データは役割ごとのヘッダを重ねて送られる = カプセル化。受け取り側は外側から外す
- OSI参照モデル は通信を7つの層に整理したモデル。暗記ではなく「どの層か」を指す道具
- 実務では4層の TCP/IPモデル もよく使う
- スイッチは第2層、ルーターは第3層の機器。機器の違い = 働く層の違い
- 第1層(ケーブル・ランプ)は目で確認できる
問題を解いてから、「解答と解説」で答え合わせをしてください。
問題1(知識)
Section titled “問題1(知識)”「プロトコル」とは何ですか。「約束」という言葉を使って、1文で説明してください。
問題2(知識)
Section titled “問題2(知識)”データをパケットに小分けして送る理由を、1つ挙げてください。
問題3(知識)
Section titled “問題3(知識)”データ本体に「送り届けるための付加情報(ヘッダ)」を付け、さらに役割の違うヘッダを重ねていくことを何と呼びますか。
問題4(層の確認)
Section titled “問題4(層の確認)”スイッチとルーターは、それぞれOSI参照モデルのどの層で主に働く機器ですか。
問題5(状況判断)
Section titled “問題5(状況判断)”同僚のPCが「ネットワークにつながらない」そうです。確認したところ、LANケーブルがスイッチから抜けていました。これはOSI参照モデルでいうとどの層の問題ですか。また「下の層から確認する」という考え方が、なぜトラブル対応で役立つのか、一言で説明してください。
問題1の解答を表示する
解答例: メーカーや機種が違っても通信できるように、世界共通で決められた通信の約束のこと。
「決まった順番・決まった形式でやり取りする約束事」という趣旨が入っていれば正解です。
問題2の解答を表示する
解答例(どちらか1つで正解):
- 回線を独占せず、複数の通信が交互に流れられるから
- 途中で一部が壊れたり届かなかったりしても、その分だけ送り直せば済むから
問題3の解答を表示する
解答: カプセル化
受け取った側が「外側のヘッダから順に外していく」こともあわせて答えられると、なお良いです。
問題4の解答を表示する
解答: スイッチは第2層(データリンク層)、ルーターは第3層(ネットワーク層)。
「LANの中の配達が第2層のスイッチ、ネットワークをまたぐ配達が第3層のルーター」という役割とセットで覚えると、第3章・第5章の内容が整理しやすくなります。
問題5の解答を表示する
解答: ケーブルが抜けているのは第1層(物理層)の問題。
下の層から確認する理由の例: 上の層の仕組みは、下の層が動いていることの上に成り立っているから。
第1層が切れていれば、第2層から上をいくら調べても直りません。だから「まずケーブルとランプから」が原則です(2-7で確認したとおりです)。この考え方は第8章の障害切り分けで実践します。
- 第1章 ネットワークの全体像 — この章のロードマップに出てきた機器たちの紹介です
- 第3章 LAN・スイッチ・MACアドレス — 第2層(データリンク層)の内容です。イーサネットヘッダの構造図が登場します
- 第4章 IPアドレスとサブネットマスク・第5章 ルーターとネットワーク間通信 — 第3層(ネットワーク層)の内容です。IPヘッダの構造図が登場します
- 第6章 TCP/IP — 確実に届ける仕組み — 第4層(トランスポート層)の内容です
- 第7章 ネットワークサービスとインターネット — 第7層(アプリケーション層)のサービスたちを学びます
- 第8章 コマンドとWiresharkによる確認・障害切り分け — 「下の層から確認する」を実践します